JFAが今シーズンから独自に導入した、「penaltyかcornerかの状況」でVARの介入によってpenalty判定が撤回されてもドロップボールで再開というルールについて考えていくと、VAR制度を考える上で非常に重要な要素がいくつも含まれているので取り挙げる。
実際にドロップボールで再開されたシーン。
ルールの確認
まずはJFA訳競技規則でドロップボールで再開されるのはどういう場合か?のルールの確認。便宜上数字を付けて記載。
1. ボールが審判員に触れ、競技のフィールド内にあり、次のようになった場合、
・チームが大きなチャンスとなる攻撃を始める。または、
・ ボールが直接ゴールに入る。または、
・ ボールを保持するチームが替わる。
こうしたすべてのケースでは、プレーは、ドロップボールによって再開される。
2. 主審が誤って笛を吹き、プレーが停止した場合、ドロップボールでプレーを再開する。
例: ボールの全体がゴールラインを越える前に主審がゴールの合図をした場合、プレーはドロップボールによって再開される。
3. 次の状況でプレーが停止された場合、ボールは、ペナルティーエリア内で守備側チームのゴールキーパーにドロップされる。
・ボールがペナルティーエリア内にあった。または、
・ボールが最後に触れられたのがペナルティーエリア内であった。
4. 主審がプレーを停止し、この(8)条(プレーの開始および再開)で定められた上記の再開方法が当てはまらない場合、ドロップボールで再開する。
5. ボールに欠陥が生じた場合、プレーは、ドロップボールで再開される。
6. クロスバーがはずれた、または破損した場合、それが修復されるか元の位置に戻されるまで、プレーは停止される。プレーは、ドロップボールによって再開される。
7. 外的要因によってプレーが停止された場合、ドロップボールによってプレーを再開する。
8. 観客の笛がプレーを妨害した場合、プレーは、停止され、ドロップボールにより再開される。
1は近年のルール変更で多く見られるようになった。2もVARの導入によって度々見られるようになったもので、特にpenalty取り消しの場合に3のケースになる。4は実際ドロップボール・ルールのまとめであり、他の再開方法が選べない場合はドロップボールで再開という趣旨。
つまりボールがゴールポスト間以外のゴールラインからフィールド外に出た後に主審がpenaltyの笛を吹き、それがその他の審判員の助言によって間違えていたと判断された場合、最後のボールコンタクトが守備側の選手ならドロップボールで再開する理由は無く、cornerでの再開が正しいということになりなる。
IFABは度々twitterでルールの紹介をしており、まさに今回と同じケースにおいてどのように再開されるべきかも明確に示している。
An attacker kicks the ball which then hits the defender’s arm inside their penalty area and quickly goes out over the goal line (but not in the goal). Initially, the #referee awards a penalty kick for handball, but after an 'on-field review', the referee cancels the penalty kick… pic.twitter.com/Q1gzMpWZGO
— The IFAB (@TheIFAB) 2024年5月13日
JFA審判委員会の説明
シーズン前に行われたメディア向け説明会でこのルールが説明されてメディアでも取り上げられたので、それを一部転載。
JFA審判マネージャー 佐藤隆治
「VARが使用するプロトコルにはこのようなケースは書いていない。それはレフェリーが間違えたという前提をルールに作っていないから。そのため笛を吹いたときにボールが外に出ていたらコーナーキックから再開しようというリーグもある」
「われわれが競技規則に基づいて立ち返ると、その根拠はVARのチェックはポッシブルPK(PKの可能性)に対して行っているということで理解したい」
https://web.gekisaka.jp/news/jleague/detail/?401097-401097-fl
JFA審判委員会の解釈にルール上の根拠はあるのか?
まず大前提として、「penaltyかcornerかの状況」でpenalty判定がその他の審判員の助言を受けて取り消された時はドロップボールで再開する理由は無い(ドロップボールは間違った再開方法)という事がある。JFA審判委員会も当然これは分かっており、このドロップボールで再開されるのはあくまでVARの介入による判定修正の場合のみ。ではなぜVARの介入による判定修正の場合のみルールに無いドロップボールで再開が可能になるのか?なぜ間違った再開方法を積極的に選ぶのか?なぜだろう?正直これは競技規則には根拠を見つけられない。
JFA審判委員会は「VARが使用するプロトコルにはこのようなケースは書いていない」と言うが、判定修正後の再開方法は副審の助言によるものであってもVARによるものであっても変わらないはずだ。それをいちいちVAR Protocolに明示する必要は無く、従来の方法で再開すれば良いだけ。VARは競技規則のプラスα部分であり、VARがいるいないに関わらず同じルールで試合が行われなければならないというのがこの競技の、そしてVAR制度の大前提だ。全く同じ状況で、VARがいない(副審らの助言で判定修正の)時はcornerで再開され、VARがいる(VARの助言で判定修正の)時はドロップボールで再開されるというのはその大前提に反している。
「レフェリーが間違えたという前提をルールに作っていない」と言うが、ドロップボールはあくまで「in playで」主審が間違えた笛を吹いてプレーを止めた時の再開方法と明確に定められている。さらにドロップボールは他に選べる選択肢が無い場合の再開方法であり、cornerの選択肢を選べる状況でそれを選ばないのは奇妙でルールに従っていないと言える。
VARによるチェックと主審によるレビューの違い
競技規則の重要な性質として、主審には最大限の権限が保証されているということが挙げられるだろう。主審はその他の審判員とは違い、試合運営の最終責任者としてハッキリと上位の、ほぼ不可侵と言えるだけの権限が与えられている。
競技規則 5. 主審
1. 主審の権限
各試合は、その試合に関して競技規則を施行する一切の権限を持つ主審によってコントロールされる。
強引な言い方をすれば主審は競技規則の範囲内なら何でもでき、競技規則も主審に対して極力制限を設けない表現で書かれている。これはVAR Protocolでもかなり強く表れており、例えば競技規則どおりなら、主審はVARがレビューを勧めなくても自分の判断で映像を見に行く権限が与えられている。(もちろん実際は権限があるから何をしても良いわけでは無く、多くの審判組織が「VARに呼ばれた時だけ映像を見に行くように」と主審に指導しているが)
以下の場合、主審は、「はっきりとした、明白な間違い」または「見逃された重大な事象」の可能性がある場合、「レビュー」を開始できる。
・重大な出来事が「見過ごされてしまった」と主審が不安に思う。
VAR制度で最も重要な主審の権限を示す、しかもかなり誤解されやすいものとして、その他の審判員であるVARにかかる制限は主審には全くかからないというものがある、VARが映像を見て主審に助言できるのは「得点・penalty・レッドカード・選手誤認」だけだが、主審はそれ以外の可能性と選択肢も自由に判断して選ぶ事ができる。最も知られた例として、VARはレッドカードかどうかしか助言できなくても、主審は映像を見てイエローカードの判定を選ぶ事ができる。つまりJFA審判委員会の「われわれが競技規則に基づいて立ち返ると、その根拠はVARのチェックはポッシブルPK(PKの可能性)に対して行っているということで理解したい」という説明は、そもそも主審の権限について誤解していると指摘する事ができるだろう。
他の国での例
自分が知る限り、国際的には「主審は自分で映像を見た場合は(自分が思う)『正しい判定』を選ぶ」権限が当然認められている。少なくともそれが認められていない例は自分は日本以外に知らない。主審が「cornerでの再開が正しい」と認識していても、それが認められないというルールは彼らには想像もできないだろう。Duitslandで活動していたSchiedsrichter-Podcast: Collinas Erben (現在は中の1人がDFBに就職したためにほぼ活動停止)は繰り返し「主審は常に(自分が思う)『正しい判定』を選ぶ」と説明してた。
Vermutung: Verdacht auf Tätlichkeit (missed serious incident). Und da nach einem On-Field-Review die aus Sicht des Schiedsrichters vollständig richtige Entscheidung stehen muss, wurde auch der Zwei- bzw. Dreikampf neu bewertet, nämlich als Schwalbe von Reyna. https://t.co/4mXEvmTrCc
— Collinas Erben (@CollinasErben) 2020年2月4日
Kommt es zu einem Review, muss am Ende immer die richtige Entscheidung stehen. Ursprüngliche Entscheidung: Eckstoß. Review wg. Strafstoßverdacht. Feststellung beim Review: Abseits vor etwaigem Strafraumfoul, daher egal, ob Foul oder nicht → indirekter Freistoß wg. Abseits. (af) https://t.co/PvdIR9rRYP
— Collinas Erben (@CollinasErben) 2019年10月6日
Ja, darf er. Am Ende eines On-Field-Reviews muss immer die aus Sicht des Schiedsrichters vollständig richtige Entscheidung hinsichtlich Spielfortsetzung und persönlicher Strafen stehen. https://t.co/nXzyjrAmcq
— Collinas Erben (@CollinasErben) 2022年3月2日
EngelandのPGMOLも今シーズン12月のChelsea - Brightonで「penaltyかconerかの状況」でのpenalty判定がVARの介入によって取り消され、主審がドロップボールで再開したことで、トップのHoward Webbが再開方法が間違いだったと認めた。
Webb: 「ボールがin playで笛が鳴らされたらドロップボールで再開しなければらないないが、この状況では明らかにすでにout of playなのでcornerが与えられるべきだった」
Nederlandで印象的な出来事としては、16m内で守備側の選手が上げた足が攻撃側の選手に当たったとSerdar Gözübüyükがpenalty判定も、映像を見て接触は無かったと取り消してドロップボールで再開。しかし守備側の選手が足を上げたこと自体が危険な(方法での)プレーだと認識されていたため、攻撃側の間接フリーキックが正しい再開方法だったとGözübüyükが試合後に認めた。
なぜJFA審判委員会はこのルールを選んだのか?
正直に言うとルールに反して主審の権限を制限してまで敢えて不公平にする理由は見つからない。それでも敢えて何かを探すなら、「penaltyかcornerかの状況」でもcornerの判定が100%正しいとは限らないという事が挙げられるかもしれない。当然cornerの判定が正しいかどうかについて攻撃局面がチェックされることは無く、例えばpenaltyシーンの後にさらにゴールライン際で攻撃側と守備側の選手が競り合いながらボールがフィールド外に出た時も、主審がレビューの中で実際最後のゴールコンタクトがどちらだかったかを確認する事は無い。それはVAR制度の主旨に反しており、フットボールにおけるビデオ判定の目的では無い。
もう一つの例を考えてみよう。ライン際で両チームの選手が競り合い、攻撃側の選手が最後のボールコンタクトとフィールド上の審判団が認識してボールがフィールド外に出た後、競り合った守備側の選手のhandball offenceで主審はpenaltyの笛を吹いたが、映像で確認したところ守備側の選手にボールが当たったのは手/腕以外の部分であり、同時に攻撃側の選手が最後のボールコンタクトも無く、守備側の選手が最後のボールコンタクトだと判明した。2人の選手の競り合いという1シーンでのレビューでpenaltyかどうか以外の新しい情報を意図せずに得られたこの場合にcornerに判定を修正するのは映像の過剰な使用だろうか?
メリットとデメリットが見合っていないようには思うが、ただこの一点でのみ、JFA審判委員会の選択はごく僅かではあるが正当性があるかもしれない。だが「レフェリーが間違えたという前提をルールに作っていない」と言いながら、cornerでの再開が正しいかどうか、レフェリーがそもそも映像を見る前に判断を間違えている可能性を前提にしてルールをねじ曲げるのはかなり不自然に思える。
自分の意見としてはJFA審判委員会の独自ルールは完全に間違っており、競技規則の精神に反してもいる。導入したからにはおそらくIFABの認可は受けているのだろうが、IFABがこのルールを認めたのもかなり奇妙に思える。1年後には正常化されることを期待している。