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多言語で読む競技規則 (2. 主審)

  1. 主審

いよいよ具体的に競技規則の条項を読んでいきます。まずは第5条 試合運営において最終責任を追う主審から。

 

・言語ごとの名称

英語

日本語

ドイツ語

オランダ語

イタリア語

Referee

主審

Schiedsrichter

scheidsrechter

arbitro

 

並べてみると「審判」の意味を持つ最低限の単語で済ませている言語(英語・イタリア語)と、それにプラスアルファを付けたドイツ語・オランダ語に区別できるのが分かるでしょう。ドイツ語・オランダ語の接頭辞schied- は「境界」、「分かれ目」を意味していて(動詞 scheiden で「分け隔てる」)、「白黒の線を引いて裁く人」といったニュアンスの名前になります。実際オランダ語だとscheidsrechterのことをscheidsと呼ぶことも多いです。英語の”Referee”は「委ねる」という意味の”refer”から来ていることが時に指摘されますが、それを意識した翻訳をした言語は今回見た限りではありません。

 

また、『1. 競技規則とは』でも見たようにrefereeはJFAによって頻繁に「審判」と訳されており、日本語で「審判」と「レフェリー」という用語は時に混同されていますが、これは他の言語でも同じで、「主審」を意味する言葉はたいてい「審判」の意味でも使われます。そのため主審は稀にHauptschiedsrichter (独)やhoofdscheidsrechter (蘭)といった呼ばれ方もされます。そもそもオリジナルの英語でrefereeがofficial/審判員を意図しているかどうかは十分議論できるポイントで、JFAは競技規則冒頭(Introduction)の前のJFAだけの文章で「審判員」という言葉を用いています。「審判」と「審判員」の違いをどう意識しているのかは気になる部分でしょう。

 

・主審の決定 (1)

いわゆる「判定」についての項。フットボールでは判定を下せるのは主審だけであり、その他の審判員は主審に助言をする立場でしかありませんが、その他の審判員の判断をもとに主審が最終判断を下すという手順からJFAはdecisionを「決定」と訳していると思います。

 

(日) “決定は、主審が競技規則および「サッカー競技の精神」に従ってその能力の最大を尽くして下し、適切な措置をとるために競技規則の枠組の範囲で与えられた裁量権を有する主審の見解に基づくものである。”

 

「競技の精神」が早速出てきましたが、JFAのこの訳はつまりどういうこと?と思わなくも無いので、もとの英語の文章を読んでみましょう。

 

(英) “Decisions will be made to the best of the referee's ability according to the Laws of the Game and the ‘spirit of the game’ and will be based on the opinion of the referee, who has the discretion to take appropriate action within the framework of the Laws of the Game.”

 

つまり「決定は競技規則と”競技の精神”に則って主審の最大限の能力で下される」、「決定は競技規則の枠内で適切な措置行為を取る自由裁量(discretion)を持つ主審の意見に基づく」という2つの文章から成っていて、これを踏まえるとJFAの文章は読点で1つの主語とそれに続く2つの文節を分けていると理解できます。これはそのまま1つの文章で訳したことで日本語としてはちょっと読みにくくなっている良い例でしょう。個人的には”下し、適切な措置をとるために”と2つの動詞が近くにあるのが読みにくい原因に感じますので以下のように訳した方がわかりやすいかなと思います。

 

“決定は、競技規則と「競技の精神」に従って主審が能力を最大限に発揮して行い、競技規則に基づいて適切な措置を取る裁量権を持つ主審の判断に基づいて行わる。”

 

実はイタリア語訳がこの書き方で、最初の文章のレフェリー(arbitro)に代名詞節(che~)で次の文章を繋げることで読みやすくなっています。

 

(伊) “Le decisioni saranno assunte dall’arbitro al meglio delle sue possibilità in conformità con le Regole del Gioco e lo “spirito del gioco” e saranno basate sul giudizio dell’arbitro, che ha la discrezionalità di assumere azioni appropriate nel quadro delle Regole del Gioco.”

 

対してドイツ語訳・オランダ語訳は「別にそのまま1つの文章で訳す必要は無いよね」という考え方です。

 

(独) “Der Schiedsrichter entscheidet nach bestem Wissen und Gewissen im Sinne der Spielregeln und des Fussballs. Er trifft die Entscheidungen basierend auf seiner Einschätzung und darf die in seinem Ermessen angebrachten Massnahmen im Rahmen der Spielregeln durchsetzen.“

(主審は競技規則とFussballsの考え方について最大限の知識と良心で決定を下す。主審は自分の判断に基づいて決定を下し、また競技規則の範囲内で適切な措置を取ることが認められている)

 

(蘭) “De scheidsrechter zal zo goed mogelijke beslissingen nemen. Dit in overeenstemming met de spelregels en de geest van het spel. De beslissingen zijn gebaseerd op het oordeel van de scheidsrechter die de vrijheid heeft om gepaste actie te ondernemen binnen het raamwerk van de spelregels.“

(主審は可能な限り最善の決定を下す。決定は競技規則と競技の精神によって行われる。決定は競技規則の枠内で適切な措置を取る自由を持つ主審の判断に基づく。)

 

どちらも「決定」では無く「主審」を主語にして書き始めているのが元の英語との目立つ違いでしょう。ドイツ語訳が一番読みやすいと思いますが、オランダ語訳は細かく3つの文章にまで分解していて若干くどいくらいですね。JFAの日本語訳は英語の文章をなるべくそのまま訳すことを心がけている印象ですが、他の国では各協会がより自由に訳しているのが分かるかと思います。

 

・主審の決定 (2)

同じく『主審の決定』の項から、なぜかあまり知られていない重要ルール。

 

(日) „プレーを再開した後、主審が前半または後半(延長戦を含む)終了の合図をして競技のフィールドを離れた後、または、試合を中止させた後は、主審がその直前の決定が正しくないことに気づいても、または、その他の審判員の助言を受けたとしても、再開の決定を変えることができない。“

 

(英) “The referee may not change a restart decision on realising that it is incorrect or on the advice of another match official if play has restarted or the referee has signalled the end of the first or second half (including extra time) and left the field of play or abandoned the match.”

(主審は判定が正しくないと気づいたか、その他の審判員の助言を受けても、プレーが再開された、または(延長を含む)前半や後半を終了して競技フィールドを離れた、または試合を中止させた後は再開の決定を変えることはできない)

 

JFAの日本語訳で気になるのはthat節の“or“とif節の“or“と、さらに前後半の部分の“or“が全て「または」で訳されてるのでパッと見で読みにくいことでしょうか。さすがにもう少し読みやすい日本語にできそうな気がします。

 

これは端的に言うと「再開したらその前のプレーでの判定は修正できない」というルールです。当たり前過ぎて注目されていませんでしたがVARの導入後に時々話題になるルールで、特に前後半終了後の判定修正についての条件の記述は多くの協会で誤解・誤訳があったことが発見されて別の言葉に変更されたという経緯もありました。

 

【参照記事:「結果以外ほとんど間違い」だったMainzでの前半終了後のビデオ判定:原因とその後

https://mijnfeyenoord.hateblo.jp/entry/2018/04/22/035458

 

自分がこれを読んで思うのは、前後半終了時や試合中止時は「再開の決定」では無く「プレーを止める決定」なので、言葉としておかしくないか?という事ですが、どの言語も「再開の決定」と訳しています。

 

(独) “Wenn das Spiel fortgesetzt wurde oder der Schiedsrichter die erste oder zweite Halbzeit (einschliesslich der Verlängerung) beendet und das Spielfeld verlassen oder das Spiel abgebrochen hat, darf der Schiedsrichter eine Entscheidung zur Spielfortsetzung nicht ändern, wenn er feststellt, dass diese nicht korrekt ist, oder er von einem anderen Spieloffiziellen einen Hinweis erhält. ”

(プレーが再開された、または主審が(延長を含む)前後半を終わらせて競技フィールドを去った、または試合を中止した場合、主審は判定が正しくなかったと気づいたか、その他の審判員から指摘を受けたとしても、リスタートの判定を修正することはできない)

 

(蘭) “De scheidsrechter mag niet op een beslissing m.b.t. een spelhervatting terugkomen wanneer hij inziet dat de beslissing onjuist was, of op advies van een andere wedstrijdofficial, als hij het spel heeft hervat of wanneer de scheidsrechter het eind van de eerste of tweede helft heeft aangegeven (inclusief de verlenging) en het speelveld heeft verlaten of de wedstrijd voortijdig heeft beëindigd.”

(主審は判定が正しくなかったと気づいたか、その他の審判員から助言を受けても、プレーを再開させた、または(延長を含む)前後半を終了して競技フィールドを去った、または試合を中止した場合は、リスタートの判定に戻ることはできない)

 

ドイツ語が日本語訳に近い文章構造でしたので、もしかしてJFAの訳した人が参考にしたのかもしれません。

 

・アドバンテージ

現代フットボールにおける重要ルール、アドバンテージの項です。主審にとっては能力の優劣を問われる重要な判断ポイントですね。

 

(日) “主審は反則があり、反則をしていないチームがアドバンテージによって利益を受けそうなときは、プレーを継続させる。しかし、予期したアドバンテージがそのとき、または、数秒以内に実現しなかった場合、その反則を罰する。”

 

(英) “The referee allows play to continue when an offence occurs and the non-offending team will benefit from the advantage, and penalises the offence if the anticipated advantage does not ensue at that time or within a few seconds”

 

JFAの日本語訳の難しいところは、”アドバンテージ”という言葉が先に来ていて、アドバンテージとは具体的に何をすることかがその後に来ることでしょう。

日本では「アドバンテージを用いる」という言い回しが多く使われている印象ですが、アドバンテージは「利益」のことですので、そもそもアドバンテージ・ルールを理解していないと意味が分からない言い回しに思えます。それももしかしたらこのJFA訳の影響かもしれません。

 

(独) “Der Schiedsrichter hat das Spiel bei einem Vergehen weiterlaufen zu lassen, sofern das Team, das das Vergehen nicht begangen hat, dadurch einen Vorteil erhält, und das Vergehen zu ahnden, wenn der mutmassliche Vorteil nicht sofort oder innerhalb weniger Sekunden eintritt,”

(主審は反則を犯していないチームが利益を得る場合はプレーを継続させなければならず、推測される利益が直ちに、もしくは数秒以内にも得られない場合はその反則を罰しなければならない)

 

(蘭) “De scheidsrechter laat het spel doorgaan als een vergrijp of overtreding is begaan en het niet-overtredende team voordeel zal ondervinden van het doorspelen en bestraft het vergrijp of overtreding als het beoogde voordeel, op dat moment of binnen enkele seconden, niet volgt. ”

(主審は違反や反則が起き、反則をしていないチームがプレーを継続させることで利益を得る場合に際にプレーを継続させ、その瞬間や数秒以内に予測される利益が続かない場合はその違反や反則を罰する)

 

(伊) “(L'arbitro) consente che il gioco prosegua quando un’infrazione o un fallo vengono commessi e la squadra avversaria del colpevole beneficia del vantaggio e sanziona l’infrazione o il fallo se il vantaggio previsto non si concretizza nell’immediatezza o entro pochi secondi”

(主審は違反や反則が行われ、違反者の相手チームがアドバンテージの恩恵を受ける場合にプレーを継続でき、期待されるアドバンテージが直ちに、もしくは数秒以内にも実現しない場合は違反や反則を罰する)

 

「アドバンテージ」という言葉をルール用語として考えずに「利益(アドバンテージ)を得る」と書いているドイツ語・オランダ語と比べると、イタリア語は「アドバンテージの恩恵」 “ beneficia del vantaggio“を得ると書いていて、英語の“ benefit from the advantage“に近い印象です。オランダ語は「プレーを継続させる」 (いわゆる「流す」)という意味の動詞 doorspelenがあるのがここでは非常に強く、断トツで読みやすいでしょう。

 

ちなみにオランダ語・イタリア語は「反則」を2つの単語を並べて書くのが特徴で、他の箇所でも大抵この書き方です。なぜわざわざ2つ並べているのかは分かりませんが、一般的にはovertreding/ falloが使われています。ドイツ語だけ“habe zu 不定詞“で義務として書いているのも目を引く違いです。