- VAR protocol
最後はVAR プロトコルです。競技規則の追加部分という扱いなので条番号は付けられていませんが、実質最も新しい条項で各協会が新しい用語や概念をどう訳して取り入れたかが如実に出ているので読み比べて面白い部分です。残念ながらFIGOが公開しているイタリア語訳競技規則には入っていませんでしたので、ここからは4ヵ国語で読んでいきます。
・clear and obvious error
VARの介入条件の1つとして有名な概念ですが、同じような形容詞が並んでるのでどう訳すか多少問題になります。
英語 |
日本語 |
ドイツ語 |
|
clear and obvious error |
はっきりとした、明白な間違い |
klaren und offensichtlichen Fehlentscheidungen |
duidelijke fout |
ドイツ語は”klar”(明らかな)と”offensichtlich”(公然な)で訳しており、これは”clear and obvious”の概念を的確に訳せているという印象です。さらにerrorを「間違った『決定』」と明確に訳しているのもDFBのドイツ語訳の特徴でしょう。目を引くのはオランダ語訳で、形容詞を2つ重ねることなく「明確なミス」としか書いていません。オランダではメディアも”overduidelijk”とover-を付けることで強調しているくらいなので、KNVBが競技規則で当初の”duidelijk”のままにしているのはちょっと驚きです。
・原則
(日) “判定を下すのは、常に主審でなければならない。つまり、主審が「判定を下さない」で、VAR に判定を下させることは認められない。反則かどうか疑わしいが、プレーを続けさせた場合であっても、その反則についてはレビューすることができる。”
(英) “The referee must always make a decision, i.e. the referee is not permitted to give ‘no decision’ and then use the VAR to make the decision. (・・・).”
(主審は常に判定しなければならない、つまり主審が「判定を下さず」、VARに判定させることは許されない)
(独) “Der Schiedsrichter muss immer eine Entscheidung fällen, d. h., er darf nicht auf eine Entscheidung verzichten, um dann mithilfe des VAR eine Entscheidung zu fällen. (・・・).”
(主審は常に判定を下さなければならない、言い換えれば、VARの助けを借りて判定を下すために主審が判定を放棄することは許されない)
(蘭) “De scheidsrechter moet altijd een beslissing nemen. D.w.z. de scheidsrechter mag niet aangeven dat hij geen beslissing neemt en de situatie vervolgens voorleggen aan de VAR. (・・・).”
(主審は常に判定を下さなければならない。すなわち、主審が判定を下さずにその後状況をVARに委ねることは許されない)
「最初の決定」 (“VARがいない場合と同様、常に主審およびその他の審判員は、先ず判定を下さなければならない”) を要約した非常に重要な記述です。JFAはちょっとテクニカルな訳をしていて、原文の主語を強調しています。「判定を下さないことは認められない」と続くので、シンプルに「常に判定しなければならない」で全く問題無いと思いますが、「常に」を「判定する」ではなく「主審」にかけたことでちょっとピントがズレた文章になっている印象を受けます。DFBの「判定放棄は許されない」というドイツ語訳は分かりやすくて良いですね。
・旗や笛を遅らせる
(日) “明らかに攻撃のチャンスがあり、競技者が得点しようとしている、また、競技者が明らかに相手競技者のペナルティーエリアの中へ走り込む、あるいはエリアに向かって走っている場合に限り、反則と思われる事象に対して旗または笛を遅らせることができる。”
(英) “Delaying the flag/whistle for an offence is only permissible in a very clear attacking situation when a player is about to score a goal or has a clear run into/towards the opponents’ penalty area”
(選手が今まさに得点しようとしている、または明らかに相手ペナルティエリア内に入ろうとしているか相手ペナルティエリア内へ向かっている非常に明確な攻撃的状況でのみ反則に対して旗や笛を遅らせることが許される)
(独) “Das verzögerte Anzeigen/Abpfeifen eines Vergehens ist nur in einer sehr klaren Angriffssituation zulässig, d. h., wenn ein Spieler gerade ein Tor erzielt oder ungehindert zum oder in den gegnerischen Strafraum läuft.”
(反則に対するシグナルと笛を遅らせることは非常に明確な攻撃的状況でのみ許される、つまり選手が今まさに得点を決めようとしている、または対戦相手のペナルティエリア内へフリーで向かっているか、対戦相手のペナルティエリア内でフリーでいる場合)
(蘭) “Het uitstellen van een vlag- of fluitsignaal in het geval van een overtreding is alleen toegestaan bij een overduidelijke aanvallende situatie waarbij een speler op het punt staat te scoren of een vrij veld heeft naar / in het strafschopgebied van de tegenstander.”
(選手が今まさに得点しようとしている、または相手ペナルティエリア内でもしくは相手ペナルティエリアへ向けてフリーなフィールドを持っている非常に明確な攻撃的状況でのみ反則に対して旗や笛を遅らせることが許される)
日本では「オフサイド・ディレイ」という誰が作ったのか分からない用語が浸透していますが、どういう状況で旗や笛を遅らせることができるかの説明です。もちろんオフサイドに限りません。ドイツ語訳とオランダ語訳は” a very clear attacking situation”の訳を斜体表記していますが、JFAはそれをしてませんし、なぜか” a very clear attacking situation”の説明であるそれに続く部分を並列表記しているので、微妙に分かりにくくなっています。ドイツ語訳では「選手がフリーであること」が条件で、オランダ語訳では「フリーなフィールドを持っていること」が条件になっているのもそれぞれの解釈が出ている点です。
・チェックとレビュー
リプレイを見る作業にはチェックとレビューの2種類が規定されています。言うまでも無く英語ですので、他の言語でどう訳されているか見てみましょう。
英語 |
日本語 |
ドイツ語 |
|
check |
チェック |
Videosichtung |
controle (check) |
review |
レビュー |
Videoüberprüfung |
herziening (review) |
ドイツ語訳はいちいぢ“Video-” を付けるのが几帳面なドイツ人っぽいですが、“Sichtung” は「目を通すこと」、「吟味」、“Prüfung” は「試験」、「検査」、「吟味」といった意味です。“Sichtung” より“Prüfung” の方がより重大性があるイメージでしょう。ただ実際にはDFBもVARのチェックの意味で“Prüfung”を平気で使っていますから、ルール用語として厳密には定義されずに一般的な「確認」の意味で使用されているようです。
オランダ語訳では“controle” (「検査」)、“herziening” (「再審理」)とかなりお堅い用語が使われてますが、実際この用語を使っている人を見たことがありません。もう少し良い訳語があると思いますが、これは英語から無理に訳して非一般的な言葉を選択してしまった例でしょう。
(日) “VARはさまざまなカメラアングルやリプレースピードを用いて、得点、ペナルティーキック、レッドカードの判定、レッドカードに繋がる事象、人間違いが起きていないか、すべての可能性をテレビカメラ映像で機械的に「チェック」する。”
(英) “The VAR automatically ‘checks’ the TV camera footage for every potential or actual goal, penalty or direct red card decision/incident, or a case of mistaken identity, using different camera angles and replay speeds”
(VARは様々なカメラアングルとリプレイスピードを用いて、得点、ペナルティ、直接レッドカードの判定が実際に行われたあらゆる場合や、それらの可能性があるあらゆる出来事、または人違いのケースでTVカメラ映像を自動的にチェックする)
(独) “Der VAR sichtet automatisch die TV-Bilder zu jeder Entscheidung bzw. zu jedem Vorfall im Zusammenhang mit einem Tor, einem Strafstoss, einer direkten roten Karte oder einer Spielerverwechslung mittels verschiedener Kamerawinkel und Wiedergabe-
geschwindigkeiten.”
(VARは様々なカメラアングルと再生速度を用いて、得点、ペナルティキック、直接レッドカード、選手誤認に関するあらゆる判定やあらゆる出来事でTV映像を自動的に吟味する)
(蘭) “De VAR controleert de tv beelden automatisch op een mogelijk of feitelijk doelpunt, strafschop of een directe rode kaart beslissing /voorval, of een geval van persoonsverwisseling. Er wordt daarbij gebruik gemaakt van verschillende cameraperspectieven en herhalings-
snelheden.”
(VARは得点、ペナルティキック、直接レッドカードの判定が実際に行われた場合かその可能性がある出来事、または人違いの場合でtv映像を自動的に吟味する。その際には様々なカメラアングルと再生速度が用いられる)
当たり前なせいか改めて説明されることも無く、意外に知らない人が多いビデオ判定の基本中の基本のルールです。ただオリジナルの英語はorでどの単語が並んでいるのかちょっと分かりにくいようで、JFAの日本語訳は結構豪快に間違えています。でも一見して「この訳大丈夫?」と思う文章なので、ちゃんとした正しい内容に直せると良いのですが。
“every potential or actual goal, penalty or direct red card decision/incident“でまずひとまとまりで、それと”a case of mistaken identity”がorで並列になっており、その中でも“every potential or actual ~ decision/incident“の読み方もちょっと一工夫必要でしょうか。それに比べるとドイツ語訳は非常に明快で読みやすい文章です。オランダ語訳はその中間くらいでしょうか。文章が長くなるのを嫌って2つに分けているのはオランダっぽいです。
また、JFAは”automatically”をなぜか敢えて「機械的」と訳しており、これは果たしてどういう意図があるのか分かりません。“VAR は全ての状況や事象を機械的に「チェック」するため、監督や競技者が「チェック」や「レビュー」を要求することはできない。”という文章の意味が分からなくなってます。
・オン・フィールド・レビューとVARオンリー・レビュー
ビデオ判定手順の説明で割と使われていますが、やっていることを知っていれば別に用語は知らなくても全く問題無い類いのものではあります。もちろんon-field review と VAR-only reviewという英語そのままですが、ドイツ語訳では”Schiedsrichter-Videoüberprüfung または „on-field review“”, “VAR-Konsultation oder „VAR-only review“”とドイツ語での表記と一緒にもとの英語での用語を並べています。前者はそのまま「主審によるビデオ判定」、後者は「VARによる診断」といったニュアンスでしょうか。オランダ語訳ではon-field reviewはそのまま英語で書かれていますが、VAR-only reviewという表記は無く、”een herziening die door de VAR alleen is uitgevoerd” (VARのみによって実施される再審理)と用語では無く「普通の文章」で説明してます。