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VAR制度教材: 明確な誤審と見間違いと見逃し

Eredivisie 第6節で大きな議論となったVitesse - PSV最終盤でのペナルティ取り消し。主審 Bas NijhuisはEli Dasaが競り合いの際にJorrit Hendrixを両手で押して倒したとPSVペナルティキックを与えたが、VAR Danny Makkelieが介入。Nijhuisは自ら映像を見返し、両手で押していなかったとペナルティを取り消した。

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大きな議論となった原因は「非常に簡単に与えられたが、判定自体は許容可能なもの」と多くの人が認識したためだ。確かにDasaは両手で押してはいないが、ボールにプレーせずにHendrixを倒して軽率なファールを冒したと判断できないとは言えない。もちろんNijhuisは『独自のルールで裁いている』と言われるほど競り合いを厭わない個性的な主審だが、"discutabel is acceptabel"がVAR制度の原則であり、これはVARが介入すべきケースでは無かったはずだと多くの専門家も疑問に思ったケースだった。

 

FOXのレポーター Cristian Willaertのツィート:
「VARについてのあらゆる説明で、VARが明確な誤審を確信した場合のみ主審はモニターを見れると語られている。今では『見に行ってほしい』がますます頻繁になっている。多分良いより良いシステムだが、決まりどおりでは無い。Schmidtのフラストレーションも奇病ではない」

 「重要なのはpenaltyの判定が明確な誤審かどうかだ。両手についての議論はこれがそうではないことを示している (discutabel=acceptabel)。これは私にとってはpenaltyでは無いが、VARの違法な使用だ」

 

試合後のNijhuisの説明:
「私は近くいにて、verdediger (Dasa)がHendrixを手で押したと思った。それからDanny (Makkelie)とコンタクトを取り、私が見たこと、verdedigerがHendrixを両手で押し、これはペナルティだと伝えた。Dannyはそれを見て、コンタクトはあたったが、Dannyにはその手がそう見えないから私が見たとおりかどうかもう一度状況を見直して主審として選択する権利を与えた。私はそのシーンを見返し、ペナルティでは無いと思った。今見返してもそう。お互いにぶつかっているが、これは競り合い。これは試合の中での決定的なシーンであり、主審としてVRとしっかりコンタクトを取らなければならない。我々はしっかり話し合い、それによって良い判定を下すことができる」


「(試合後詰め寄ってきた)Schmidtはペナルティシーンが100%のミスとは思ってはおらず、私が見に行くべきではないと考えた。しかし私は起きていたのとは違う何かを見たので、それなら私はとにかく見たい。彼が非常に感情的になるのはこういう決定的なシーンではそれはとてもよく理解できるが、これがprotocol. 私は見に行って良かったと思っている。これは重要なペナルティだった。もし私がペナルティを与えて、後でこのシーンを見返していたら、喜べなかっただろう。これはペナルティでは無いと思う」

https://www.vi.nl/nieuws/nijhuis-snapt-woede-bij-psv-maar-dit-is-geen-penalty

 

VAR leider Reinold Wiedemeijerの見解:
「これは明確な誤審でなければならないケース。全く何もなく、それに与えてしまったなら、それは明確な誤審。これは簡単に与えられたペナルティキックだった。Basがすぐに両手での競り合いだと示しているのが分かる。VARはそれに対して両手で押していないと伝え、だから彼は自分で映像を見ることを望んだ。彼にはその権利がある」
「こういう競り合いはとても多く見られるもの。それにペナルティキックが与えられるのを度々見ているという多くの人々の意見には同意する。そして見返せば明確な誤審だ。Nijhuisにとって映像を見返した後にはそれは明確な誤審だった」

https://www.vi.nl/nieuws/nijhuis-stond-in-zijn-recht-bij-veel-te-makkelijk-gegeven-penalty-

 

そもそもこの競り合いがファールと判定する余地があるものかどうかから意見が分かれていることが、この問題を複雑にしている。度々"voetbalcontact"という理由でVARが介入しないこと、主審がファールを取らないことが正当化されることはあるが、一方でVARが介入すること、主審がファールを取り消すことに利用されることはこうした微妙なケースでは全く無かったと言ってよく、それほどVARが介入するバーは高く設定されていた。

 

以前から"voetbalcontact"という概念に疑問を口にしているMario van der Endeの見解:
「voetbalはcontactsportだと言う多くの意見をまた耳にする。もう一度何が許されていないかをルールで読んでくれ。それでもまだあなたはcontactsportについて話すことができるか?」

  「私はNijhuisが与えたのはPSVの正当なペナルティキックだと思った。単に相手を倒しているだけ。それが覆されたのは驚き。Dasaは全くボールに向かっておらず、相手の背中にぶつかっているだけだだろう?」

https://www.voetbalprimeur.nl/nieuws/950953/van-der-ende-kritisch-makkelie-hopelijk-scherper-tijdens-juventus-barcelona-.html

 

「見間違い」の際は介入のバーが下る?
VARが介入できるのは主審が見て判定した場合の「明確な誤審」か、主審が見て判定できなかった「見逃し」の場合だけであり、主審が見て判定した場合の介入のバーは非常に高く、後者の場合はより低い。今回はNijhuisが見て判定したために前者にあたるが、Nijhuisの説明は明らかに、「私が見たものが実際とは違ったために私は映像を見たかった」という趣旨のものである。つまりペナルティ判定自体が「明確な誤審かどうか」であはなく、判定の理由が間違っていたかどうかにVARが介入する重点が置かれていたという印象を非常に強く受ける。つまり主審が見て判定していても、それが「見間違い」だった場合は、実質「見逃し」に近い扱いを受けると考えられるだろう。ルール上の根拠はわからないが…

 

もう一つ重要な点はVAR protocolの大原則に「主審の判定は映像にそれが間違っているという明確な証拠が無ければ修正されない」というものだ。つまりたとえ「見間違い」によってNijhuisがモニターの前に行けたとしても、そこで判定を修正するには「両手で押したという自分の認識が間違っていたかどうか」では無く、「ペナルティの判定が100%間違いだったかどうか」のはずだった。言い換えれば自分の基準では無く、「誰が見ても明らかにpenaltyでは無い」という確信が求められる。さもなければWiedemeijerが昨シーズン繰り返した「VARは主審に2度目のチャンスを与えるための存在ではない」という説明と矛盾するだろう。