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ビデオ・アシスタント・レフェリー制度の現在地: Premier Leagueの大いなる実験

Premier Leagueで今シーズンから導入されたVAR制度はOFRの選択肢を用いないという非常に興味深い運用で多くの(ほとんどが批判的な)注目を集めている。そもそもOFRは主審が選べる選択肢であり、「権利」であって「義務」では無いというのがそもそもの発端だろう (レビューエリアを設けモニターを設置するのは義務だが、それを用いる義務は無い)。

 

そもそもKNVBが提案したVideoscheidsrechter制度には「主審が自ら映像を見る」という手段は必ずしも考えられておらず、FIFAの審判委員会のトップだったPierluigi Collinaが「主審がボスであり続けるべき」と、この選択肢を強く主張したと自ら語っている。それを受けてIFABもこの選択肢をルールに盛り込んだが、それを審判組織側が積極的に放棄するという状況は想像していなかったに違いない。

 

パンドラの箱』を開けたのは実際はUEFAだ。2019年2月20日のCL Schalke 04 - Manchester Cityで技術的トラブルのためにオペレーションルームからスタジアムに映像を提供できず、OFRを行えない状況だったにも関わらず、VARの助言だけでhandsbalによるpenaltyに判定を修正し、UEFAの審判委員会のボス Rosettiは試合後に「プロトコルで認められている」と説明。IFABも当然これを否定できなかった。

 

Premier Leagueの審判組織であるPGMOLはこれを願っても無い前例と捉えただろう。イングランドではFA CupでのテストではOFRは行われていたが、PGMOLはPremier Leagueへの導入に際して「OFRを積極的に用いることはしない」と説明しつつ、実際はOFRを一切用いずにVARの助言だけで主観に基づくものを含む全ての判定を修正している。

 

デメリットとメリット
PGMOLの選んだ手法には国内外で多くの批判がある。「主審がボスであり続けるべき」というのは現状大多数派の意見だ。OFRの選択肢はVAR制度においてそれを保証する最後の砦といえるものであり、VARの助言だけで主審が見て取らなかったファールを取れるようになるなら、「VARが主審の上に立っている」という意見はもっともだろう。

 

ただ一方で「そもそも本当にOFRは必要か?」という考え方もできるのは否定できない。実際にOFRで主審が一度行った判定を覆すのがレアケースなのは統計的に証明されている(モニターの前に立つ主審にはそれだけのプレッシャーが掛かっているのは誰もが認めている)。ほとんどのケースで最終判定はVARが判断した時点で確定しており、「OFRの選択肢があれば誤審をより減らせる」というのは何の根拠も無い主張であり、「OFRを行う限り主審がボスであり続ける」というのは建前に過ぎないとも言える。Video Referee制度支持者のMario van der Endeは主審とVARの関係は警察と司法のようになるべきと度々主張しているが、日本の司法の現状に例えればOFRは有罪率90%の裁判を被告人抜きでやるようなもの。行うかどうかで平均的に倍は掛かる時間を考えれば、OFRを行わないという選択肢を積極的に採るだけの理由も十分にある (実際は主審が見れなかった状況での『重大な見逃し』による介入も存在するため、OFRで判定が修正される確率はこの場合の介入基準によっては多少下がるはずだが、この点でPremier Leagueでの現状がどうなっているのかよく分からない)。

 

理想を言えば、VARが常に正しい判断をし、OFRで100%VARの助言通りの最終判定が主審によって下されることだ。そしてその理想的状況ならそもそもOFRを行う必要自体が無い。しかし現実にはVARが常に明確な誤審かどうかを正確に判断できる訳では無く、むしろそれは最も困難な部類の仕事に入る。時にVARの間違った介入をモニターの前で主審が否定するケースも確かに存在する。競技規則の精神上、その他の審判員の能力不足も主審が責任を負わなければならず、それ故に主審の権限は最大限保障されており、OFRもそうした精神に則って主審に与えられている権利だが、それを自ら放棄している状況を変えるのは外部からは難しいだろう。

 

結局は「時間と試合テンポへのデメリットを受け入れて、主審が建前上であれ最終判定を行うことでより多くの人が納得しやすい状況を選ぶ」か、「多少の誤審は残っても時間と試合テンポを優先し、選手とファンの(OFRを行っても結果はあまり変わらないという)理解が増すのとVARの成長を待つか」の2択をそれぞれが自分たちで選ぶしかなく、世界中が(おそらくその選択肢に気づくこともなく)前者を選んだ中でPGMOLは後者を選んだ。これはPremier Leagueという大舞台を使った大いなる実験であり、各組織にIFABルールを守らせる立場のFIFAがコメントしたように、世界中のフットボールが関係者が『注視』しているだろう。Premier LeagueのVARは「常に正しい判断をできる」という理想状態にどれだけ近づけるのか?仮にその理想状態に限り無く近づいた時、他の組織はどう考えるだろうか?