サポーターへの取り締まりルールが厳しい今日のフットボール界。スタンドのサポーターによっていくつもの発煙筒が焚かれ、スタディオンで感動的な雰囲気が作られることも少なくなった。特に欧州戦ではUEFAの取り締まりが厳しく、スタンドに発煙筒には例外なく罰金処分が科される。オランダではKNVBはそこまで厳格では無いものの、「安全性」の観点から多くのクラブがスタンドに発煙筒を持ち込まないようにサポーターに呼びかけており、発煙筒が焚かれた際には「犯人」を特定して個別に処分を行うケースもある。
オランダで最も発煙筒文化が根強いのは言うまでも無くフェイエノールトであり、デ・カイプやファルケノールト、コールシンゲルなど歴史的なシーンではほぼ例外なく発煙筒が焚かれ、美しい光景を作り出してきた歴史があるが、近年ではフェイエノールトもクラブとしてスタンドへの発煙筒持ち込みを取り締まっている。結果としてサポーター文化の一つが大きく損なわれ、サポーターの反感という象徴的な出来事として、今年10月の「デ・クラシケル前の最後の練習」という伝統的イベントにほとんどサポーターが集まらなかった。
フェイエノールトは近年伝統的なサポーターとの繋がりよりもトップスポーツに相応しいプロフェッショナルな手法に大きく舵を切り、ファルケノールトへのバス移動、トレーニングの半数以上が非公開など、日常的な光景が大きく変わった。もちろんファルケノールトというある種「旧態依然」な設備での安全面を考慮したという理由はあるが、初トレーニングやデ・クラシケル前の練習場所がデ・カイプに移されたことで、発煙筒への取り締まりがより厳しくなったのは間違いない。数年後に現在建設中の新トレーニング施設に移った時にどう状況が変わるかだが、あまり楽観的な期待は持てないだろう。
そうした中での先週のデ・カイプでのCL Napoli戦。終盤にトニー・フィレーナの退場により10人になったフェイエノールトだが、Napoliゴール裏のサポーターたちが一斉に発煙筒を炊き始め、かつてのような雰囲気がデ・カイプに戻り、そしてピッチ上でもフェイエノールトが決勝点を決めた。さらに監督 ジョヴァンニ・ファン・ブロンクホルストは2日後の会見で「発煙筒が焚かれた終盤の雰囲気は素晴らしく、観客がチームを支えてくれた。現在かなり多くのルールがあるし、罰金を払わなければならないのはクラブにとってマイナス。しかし監督としては勝てる方が当然嬉しいし、罰金よりも勝利で得る賞金の方がずっと高い」と穏健で無難なコメントが多い彼にしては珍しく率直な言葉で発煙筒文化を支持したことでさらに議論が高まることに。
クラブのスポークスマンであるメディア・マネージャー レイモンド・サロモンはファン・ブロンクホルストのコメントに対し「我々は現在UEFAから拡大鏡で見られている立場。毎回罰金を払うだけでは済まず、最終的にスタンドの一部を空けなければならなくなる可能性もある。それに発煙筒があっても勝てない試合も残念ながらかなりたくさんある」と同意せず、クラブとして今後も立ち位置が変わらないことを明言(ただスタンドの花火・発煙筒でUEFAが空席処分にするルールが存在しないことは指摘されている)。
最も強く発煙筒文化を支持しているのがADのコラムニスト スユルト・モサウ。「関連性があるかどうかは誰にも分からないが、少なくともシン・ジュステのゴール(勝利ボーナス 150万ユーロ)の方が発煙筒に対する罰金(約3万ユーロ)よりも価値が高いのは間違いない。個人的に爆竹のような花火は嫌いだが、ベンガル・トーチは適切に発火されればとてつもない魅力的な雰囲気を作り出してくれる。むしろ、満員のスタディオンで紅い火の海のような光景ほど感動的なものはほとんど存在しない」
サポーター文化の本質を否定するべきではないとモサウ:「全ての人が理解してくれる訳では無いが、サポーター文化は規則のぎりぎりのラインでの反抗が付きもの。しばしばその線が薄くなったり、悲しいことに時に間違った行為もあるが、『世界の糞ったれ』という気持ちに対する健全な服用剤がフットボールファンの本質なんだ。」
安全性さえクリアされれば問題無いはずというのがモサウの結論だ。「全く危険が無いとは言えないというのは理解できるが、我々はフットボール・ファンをそんな子供扱いすべきでは無い。フェイエノールトは今はお金があるのだから、個別に発煙筒ポットを作って特別な試合ではデ・カイプで発煙筒が焚かれるのを認めるべき。今シーズのフェイエノールトはCLで完全にノーチャンスだったが、それは財政面から予想できたこと。クラブが欧州で違いを作れたのはデ・カイプとヘット・レヒューンだけだ。Napli線終盤の5分間の光景を捉えた映像は全世界に伝えられた。発煙筒の炎はクラブへの忠誠心だけではなく、頑強で太い中指も想像させてくれる」