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フェルメール 「僕はフェイエノールトで別人になった」

ケネト・フェルメールはこの1年間のオランダの移籍ニュースでおそらくもっとも話題になった選手だろう。しかしその中でロッテルダムでは今年夏にアヤックスから来たこのGKへの評価は上がり続けた。彼はフェイエノールトエールディヴィジで最少失点の守備陣をリードし、プレーする喜びを取り戻している。「僕はフェイエノールトで別人になった」とフェルメールフェイエノールト・マガジンの最新刊で語った。

 

君はアヤックスでの最後の試合のちょうど24時間後にライオンの巣穴で4年契約にサインした。あの日、デ・カイプで自分がよそ者という気はしていた?

(長い沈黙の後)「それほどよそ者という感じは持たなかった。でもどこにいってもカメラやメディアと普通じゃないほど追いかけられてたからね・・・あれはなかなかクレイジーだった。フェイエノールトで仕事をする人々にとってアヤックスから来た人が最初よそ者っぽく扱われるのはイメージできるうよ。でも僕は幸運にもそういうことはなかった。クラブ内の全ての人に信じられないほど良く受け入れて貰えたんだ。だから最初の1日目から良いフィーリングを持てていた」

 

アムステルダムに通い続けた数年間の後で急にロッテルダムに来る気分はどう?

「妙な感じだけとエキサイティングだ。僕は毎日自動操縦のようにアルメレからアムステルダムに車を運転するのに慣れていたからね。最初の数週間はナビが必要だったと認めないといけない。フェイエノールトに移籍する前も家族や友人を訪ねに時々ロッテルダムに来てはいたけど、毎日じゃないし、もちろんデ・カイプまで車で行く事もなかった。でも今は中心街に自分のアパートも借りたし、週に4日は泊まっているよ。ロッテルダムはもう紙の上だけの第2の家ではない、そう感じているんだ」

 

ロッテルダムの通りを歩いていて問題は無い?

「全くね。まだアヤックスでプレーしていた時も、ロッテルダムで喜べない状況に遭遇したことはなかった。『自分はここの人間じゃない』と思ったことも無かったよ。今は通りで気づかれて挨拶されることが多くなったけど、ほとんどがポジティヴなものだ。肩をポンと叩かれたり、僕が良くやっているよ言ってくれたりね」

 

それには驚いた?

「正直に言えば、こういう扱いをしてもらえると期待して良いかは分からなかった。僕は宿敵から来たんだし、とても敏感な移籍だったからね。アヤックスがここでは愛されていない、そこはハッキリしている。過去のデ・カイプでのデクラシケルの最中も、僕はGKとしてサポーターの近くにいたから、彼らの声は全部頭に残っている。ただ、それは彼らは僕個人が憎いんじゃなく、僕がアヤックスのシャツを着ているから。これは重要な違いだ。それに僕はアヤックスでプレーしていた時からフェイエノールトで別人に対してネガティヴな感情を抱いたことは1度も無かった」

 

君はまるでもう何年もフェイエノールトのゴールを守っていたかのように見える。

「伸るか反るかは全てパフォーマンス次第。最初は全てが向かい風だった。僕らのプレーは決して悪くなかったけれど、ゴールだけが決まらず、馬鹿げた失点をしてしまっていた。最高の例がアヤックス戦だ。何で負けたのか未だに理解できないよ。あれはとてもフラストレーションが溜まった。アヤックスを90分間意のままにできるチームなんてほとんどないということは僕はよく知っている。僕らは全てが上手くいったのに、結果だけが付いてこなかった。でもその後は勝ち点をとれるようになって自信がついてきた。ほとんど失点していないことはチームにとって重要な骨組みだ」

 

クリスマス休暇は過去を振り返るのにはうってつけだ。この1年は君にとってどんな年だった?

「すぐには忘れられない年だね。アヤックスからフェイエノールトに移籍したおかけで僕は別人になれたし、何よりも再び喜びと目標を持てるようになった。ここで完全に受け入れてもらえて、自分の居場所だと感じているんだ。毎週満員のデ・カイプで大歓声で受け入れて貰えるなんて、夢にも思わなかったよ」

 

http://www.feyenoord.nl/nieuws/nieuwsoverzicht/vermeer-%E2%80%98bij-feyenoord-ben-ik-een-ander-mens-geworden%E2%80%99