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ビデオ審判元年を終えて。ビデオ・アシスタント・レフェリー制度の現状と今後

2016-2017シーズンはオランダの審判史に刻まれるシーズンだった。KNVBが数年来進めてきたビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)が遂に公式戦で使用。IFABの認可を得てKNVBはFIFAと共にプロジェクトの最前線に立ってテストを進めており、残念ながら来シーズンには間に合わないが、上手く行けばIFABが正式にルール化を認めた状況で迎える2018-2019シーズンにエールディヴィジ全試合で使用することが目標に挙げられている。

 

世界的には5月にいち早く新シーズンがスタートしたオーストラリアAリーグで全試合でのオンライン・テストが行われており、北米のMLSも現シーズンの後半戦からの導入を目指してオフライン・テストを重ねている。欧州でもドイツ・ブンデスリーガが真っ先に2017-2018シーズンからの導入に動き、各国も様々な形でVARのテスト参加という形での使用を目指している他、アジアや南米でもオンライン・テストに加わろうという動きがある。WK 2018での使用を目指すFIFAとしては好都合この上ない状況だろう。導入の可否決定のためになるべく多くデータを得たいIFABとしても歓迎すべき流れではあるが、どこまで認可を出すのか、FIFAがテスト状況をしっかりコントールできるのか、それだけ多くの国が実際に投資した状況で果たして厳格な導入の是非を判断できるのかは疑問ではあり、今後の流れはIFABという組織の在り方を見る良い機会とも言える。

 

IFABがVARのルールブックを公開し、WK Onder20全試合でVARが使用されたことで世界中で(セミ・)ライブ・テストの試合数も100を超え、VARの有効性と危惧すべき点もかなり知られてきた印象を持つ。「試合を決めてしまう重大な誤審を避ける」というVARの当初からの基本思想は変わること無く、印象的なのがKNVBベーカー ハルフェ・フィナーレでのAZ-カンブール戦、0-0で向かえたロスタイムにスタイン・ヴァイテンスがネットを揺らし、ホームサポーターが歓喜に湧く中、リプレイ・センターからの助言で直前のガルシアのファールが取られてノーゴール、延長戦突入となったシーンだった。

 

VAR制度の重要なルールの一つが「主審の判定が明確な誤審の場合にのみ介入できる」というもの。これが最も象徴的に表れたのがWK Onder20でのイタリア-ザンビアの前半、抜け出したザンビアのFWにイタリアのDFがペナルティエリア際で手を掛け、ザンビアのFWがそのままペナルティエリアに侵入して倒れたシーン。主審は即座にPKの笛を吹いたが、VARの助言を受けてペナルティエリア手前でのFK、イタリアのDFに得点機会阻止でのレッドカードを提示した。一瞬手を掛けるプレーが『明確なファール』だったかは常に議論の余地があるが、それをファールと判定した主審の判断は「明確な誤審」では無いため、VARが介入したのは「PKかどうか」のみ。逆に考えれば主審がノーファールと判定していればVARはそれも「明確な誤審」ではないと何の介入もしなかった可能性が高く、「判定に主観の入る余地がある」フットボールにおけるビデオの使用方法を考える上でもテスト上有意義なシーンだったと言えるだろう。

 

VAR制度の根本的な思想は「最小限の介入で最大限の利益を得る」というものであり、端的に言えば「介入の回数は最低限に抑えるべきだが、介入する際にはどんなに時間が掛かっても判定の正確さの方が優先される」。KNVBのハイス・デ・ヨングは「主審がVARとコンタクトを取るのは1試合に3回程度。オン・フィールド・レビューは1試合に平均1回も無い」と語っており、確かに実際そのとおりにはなっている。オン・フィールド・レビューは現状の統計では5試合に1回でもあるかないかという状況だろう。だが今後もこの「想定通りの幸せな状況」が続く保証も無い。現にジュピラーPOsフィナーレ NEC-NAC戦ではケヴィン・ブロムが前半だけで2つのPKを見逃してどちらもオン・フィールド・レビューを実施。後半にもVARの助言に助けられてレッドカードを提示した。これでは「介入が多すぎる」と審判が批判されてもしょうがない。もちろんたまたま難しい判定が続くことはあり得るが、ピッチ上の審判団の能力次第では1試合に何度もオン・フィールド・レビューが行われる危険性がルール上常にあるのも確か。VARは審判団を助けるための重要な道具になるが、そもそも審判団にある程度の能力がなければ「最小限の介入で最大限の利益を得る」という思想通りには機能せず、フットボールを破壊する諸刃の剣にもなり得る。

 

オン・フィールド・レビューは確かに「VAR制度において主審の権限を守る」という点で意味はある。実際にWK Onder20のイングランド-南コリア戦では南コリアの選手が相手選手の足を踏み、笛を吹かなかった主審がVARの助言を受けてオン・フィールド・レビューを行ったが、レッドカードに判定を変えること無くプレーを継続させた。だがこれが実際にどのくらいの確率で起きるだろうか?逆に言えばVARの助言がオン・フィールド・レビューで受け入れられないシーンが少なくともトップレベルの試合でこれ以外に一つでもあっただろうか?確かにルール上では主審が見逃した「重大だったかもしれないシーン」についてVARに助言を求め、VARが「微妙なのでオン・フィールド・レビューで見てくれ」と言う『抜け道』的な選択肢もあり、上記のイングランド-南コリア戦でのシーンもこうだった可能性はあるが・・・

 

フットボールのあるべき姿を守る」という意味でも、「オン・フィールド・レビュー実施のより明確な条件」は必要に思えてならない。現状では主審とVARの判断でオン・フィールド・レビューが「不必要に」行われ、最悪の場合 1試合に何度も繰り返されてしまう危険性がある。そもそも主審が自分が見えなかったシーンを副審の助言に頼って判定、または判定を修正するのは当たり前の行為であり、VARの助言の際にだけ主審にオン・フィールド・レビューの権利が与えられるというのは理屈よりも感情面の動機の方が大きいはず。VARが今後 選手、監督、観客の支持と信頼を得ることで、「オン・フィールド・レビューは必要無い」という流れに進むのが個人的に理想ではある。

 

果たしてWK 2018に間に合うか?

IFABが最初の「VAR正式ルール化」の判断を行うのは2018年3月の総会。厳密に言えば現時点でもWK 2018での使用自体に大きな問題は出ないだろうが、IFABが「VAR正式ルール化」の前にWKでの使用を認める可能性も小さい。残り1年を切ってこの夏からVARが使用されるコンペティションは大きく増えることになり、様々な国、様々な環境、様々な審判団のもとで「VAR制度が解決すべき様々な問題点」が明確に浮かび上がってくるだろう。

 

現時点でテストには表れていないが、想定される一つが「審判団の心理面への影響」。VAR制度のルールではまず主審が判定し、それに対してVARが明確な誤審かどうかを判断して介入するかどうかを決める手順だが、これによりピッチ上の審判団に「微妙なシーンでの判定を意図的に避ける」心理が生まれる可能性はある。特にオフサイド誤審でプレーが中断された場合はVARも介入できないため、副審が自らの存在意義を否定するという大きな危険性をはらんでおり、実際にテストでこうした「望まれない状況」が何度も生まれた場合にIFABがどういう判断を下すのかは注目点。

 

VARの介入による「プレー巻き戻し」の際の「観客へのコミュニケーション」は早くから議論になってはいるが、プレー面のルールを取り扱うIFABにとっては端的に言ってさほど大きな問題では無いはず。むしろFIFAが考えるべきテーマだろう。そもそもフットボールでは観客にとって何の笛か分かりずらいシーンは無数にあるが、注目度、関心度の高いWKの舞台でそうした状況が多くなるのをFIFAは当然望まないはず。スタディオンの大型スクリーンでのリプレイは設備の整ったWKという舞台では有効だろう。一般的には審判団がスタディオン・スピーカーに情報を出し、観客に通知するのが現実的な対処法になる。